少女は語を継(つ)ぎて。「王の繁華の地を嫌ひて、鄙(ひな)に住まひ、昼寝ねて夜起きたまふは、久しきほどの事なり。独逸(ドイツ)、仏蘭西(フランス)の戦(いくさ)ありし時、加特力(カトリック)派の国会に打勝ちて、普魯西(プロシヤ)方につきし、王が中年のいさをは、次第に暴政の噂(うわさ)に掩(おお)はれて、公けにこそ言ふものなけれ、陸軍大臣メルリンゲル、大蔵大臣リイデルなど、故なくして死刑に行はれむとしたるを、その筋にて秘めたるは、誰知らぬものなし。王の昼寝し玉ふときは、近衆(きんじゅう)みな却(しりぞ)けられしが、囈語(うわこと)にマリイといふこと、あまたたびいひたまふを聞きしもありといふ。我母の名もマリイといひき。望なき恋は、王の病を長ぜしにあらずや。母はかほばせ我に似たる処ありて、その美しさは宮の内にて類(たぐい)なかりきと聞きつ。」
「父は間もなく病みて死にき。交(まじわり)広く、もの惜(おし)みせず、世事には極めて疎(うと)かりければ、家に遺財つゆばかりもなし。それよりダハハウエル街の北のはてに、裏屋の二階明きたりしを借りて住みしが、そこに遷りてより、母も病みぬ。かかる時にうつろふものは、人の心の花なり。数知らぬ苦しき事は、わが穉(おさな)き心に、早く世の人を憎ましめき。明(あく)る年の一月、謝肉祭の頃なりき、家財衣類なども売尽して、日々の烟(けぶり)も立てかぬるやうになりしかば、貧しき子供の群に入りてわれも菫花(すみれ)売ることを覚えつ。母のみまかる前、三日四日のほどを安く送りしは、おん身の賜(たまもの)なりき。」







